2017年8月19日 

執筆:遠藤みき

「なりたい自分になる」なんて思わなくていい。人生棒に振るぐらいの方がラクに生きていける

「なりたい自分になりたい。」

なりたい自分になるって言葉を、どこかで聞いたことがありませんか?

「今の自分」ではなく、憧れる自分になることができれば、人生がきっと幸せになれる。

頑張って努力して「なりたい」と思う自分に変えていこうと思いますよね。

私もかつてこうなりたいという「憧れの自分像」がありました。

憧れの自分になれば、人生バラ色に染まって幸せになれると思ってました。

しかし、私の人生の中では思い込みでした。

努力して頑張れば「なりたい自分」になれると思って生きてきたのに、なりたい自分になんて私はなれなかったからです。

育児と仕事をバリバリ両立するキャリアウーマンになりたかった

私が社会に出たら、大学時代から密かな夢を抱いていました。それは、育児と仕事をバリバリ両立するキャリアウーマンです。

早朝に起きて自分の身支度を終えて、朝ご飯をパパッと作って夫を見送った後に、三人乗りの自転車に乗って保育園に見送り。バタバタしながら会社に向かいます。

仕事中も時計の針を気にしながら自分の仕事はきちんとこなし、定時のチャイムが鳴ったら急いで保育園にダッシュでお迎えに行って、スーパーに買い物へ。

休日は平日のための準備に勤しむけれど、家族との時間を大切にしたいために、公園で子供達と遊ぶキラキラした姿。午後はエステで自分磨き・・。

育児と家事と仕事をきちんと両立しながらも、平日も休日も自分時間をしっかり取るスーパーキャリアウーマンに、私はずっと憧れを強く抱いていたのです。

積極的になりたい自分に近づけようとしてみたけれど、無理だった

実際に憧れの自分になりたくて頑張って正社員になり、育児休業を2度取得して育児と仕事の両立をするまでは達成することができました。

しかし、現実は厳しいものでした。

仕事は全然思い通りにいかないし、保育園からの呼び出しで欠勤ばかりで評価なんて全然上がらず、憧れのキャリアウーマンなんて程遠い姿でした。

スーツを着たバリバリのキャリアウーマン像とは対照的に、ジーンズとヨレヨレのTシャツを着て髪を振り乱しながら会社に通う、ただのクタクタのおばさんになってました。

「早く着替えなさい!」

「早く食べなさい!」

育児と仕事の両立が全然上手くいかないことにイライラして、子供に大爆発!

イライラの矛先が何も罪のない子供に向けてしまう始末。怒った後に「なんてダメな母親なんだろう」と、夜中に泣きながら自己嫌悪の日々が続いていました。

「自分自身、キャリアウーマンなんて無理だな・・。」

積極的になりたい自分になろうとして、心も体も随分と無理していたことにハッと気がついていったのです。

力を抜いてふと気がついたら、なりたい自分に自然となっていた

無理している自分がいることに気がついていき、自然と肩の力を抜いて生きていけるようになりました。

キャリアウーマンじゃなく、新しいカタチを目指していったわけでもありません。

懸命にもがきながら、その道を歩いていったわけではありません。

ふと気がついたら、自然と「なりたい自分」になっていました。

その時々に起こる偶然に従い、人との出会いを最も大切にして生きていった結果、いつの間にか在宅フリーランスとして働くようになっていました。

在宅勤務で大変なこともいっぱいありますが、家事も育児も自然とスムーズに両立することができ、入ってくるお金も自分時間も自然と増やすことができたのです。

なりたいと思って、積極的に目指したわけじゃないんですよね。

「なりたい自分って、ガムシャラに頑張ってなるものじゃないんだな。」

「なりたい!」と力いっぱい目指すべきものじゃなくて、その道をラクな気持ちで受け入れると「なるべき自分」になっているのです。

正社員を退職した時は「人生を棒に振った」と後悔しまくっていましたが、これも「なりたい自分になる」自然の流れだったのかと、今頃になって理解できるのです。

フルタイム共働きで働くワーママから在宅ワーク主婦に転身して変わった、仕事と心のバランス

無理やりその生き方に合わせるのは、新たな苦しみを生むだけ

キャリアウーマンというなりたい理想の自分がいたのは、もっと人生を有意義に過ごしたい、意味のある人生を送りたいと思っていたからです。

憧れのキャリアウーマンになりたかったけれど、私には無理でした。キャリアウーマンになるために、競争社会の中で相当無理して生きてきた事は事実です。

「もっと他の人より、いい人生を生きなければならない。」

「より働いてお金を稼いで、他人に勝たなければならない。」

働いている女性はこうあるべきという、世の中が作った「実態にそぐわない虚像」に自分も勝手に目標を置き、「スゴイね」という他人からの承認が欲しいだけだったのかもしれません。

社会から賞賛されて、認められたったのですね。

心が猛烈に苦しくて悲鳴をあげているのに、「理想の自分になる」というドラマのようなストーリーに酔いしれていたのです。

力を抜くことが苦手で、人に頼ることが苦手な私です。なかなか力を抜くことは難しかったのですが、違和感を感じたことで「世の中に合わせた生き方」をやめました。

無理やり世間に合わせて生きていることで、新たな苦しみを生むだけになってしまっていたからです。

「なりたい自分」に違和感を感じているのであれば、無理やりその生き方に合わせる必要なんてまったく必要ないのです。

なりたい自分にならなくていい。人生棒に振るぐらいがちょうどいい

努力しまくってなりたい自分になるために、必死に生きてきた時がありましたし、その道から外れた時は「私の人生終わった」と思っていたほどです。

キャリアウーマンになれない悔しさでいっぱいの中、人生を棒に振ってしまった私ですが、自分の素性を大切にして生きていった結果、今の働き方にストンと落ち着いています。

社会人は正社員じゃなきゃいけない。
両立をきちんとしなきゃいけない。

そんな考え方をバッサリと捨て去りました。

世間体ばっかり気にして生きることをやめたことで、生きることがすっごいラクになりました。

無理して走れば走るほど不安になり、今向かっている方向で本当にいいのかどうか、わからなくなってきます。その先に、本当にゴールがあるかどうかさえわかりません。

大人になるに従ってつらくて厳しい現実を知り、いつの間にか社会に自分が埋もれていってしまうことで、夢を持つことを忘れていってしまいます。

「こんな自分で本当にいいのだろうか?」

「なりたい自分になれば、幸せになれるんじゃないか?」

自分が思い描いた通りの人生を送ることができれば、それはそれで幸せなことでしょう。

しかし、この世に生まれてから、どうしても変えられないものもあります。

親や性別や顔や身長です。特に性格を変えることは本当に難しいです。「このままの性格」を受け入れて、その性格を出し切ることが大切です。

あなたは今、スマホばかり、見ていませんか?

空を見上げてください。青空に輝く太陽はそのままです。夜にまたたく星空もそのままです。特に何かになろうとなんて思っていません。

自分らしく生きようと思った時に、最も輝いて生きていけます。輝いた自分で、他の人も明るく照らしていくことができます。

一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが、処世上の第一要件である

渋沢栄一(実業家)

天から授けられた命令は誰しもが与えられていて、人には得意不得意があります。好きなことや嫌いなことも人それぞれあります。

与えられ天命に対して感謝しながら、積極的に人生を楽しんでやり切れば、人生はいくらでも切り開けるし、楽しむことができるのではないでしょうか?

ゴールなんて特に定めなくても、自然と「なるべき自分」に向かっていけば、それが自然となりたい自分のゴールになっていくのです。

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